1.7 世界と日本の気候変動政策の動き
2015年12月にパリで開催されたCOP21において気候変動問題の国際的な枠組みとしてパリ協定が採択され、2016年11月には発効した。このパリ協定の実現に向けて、世界各国での100%自然エネルギーへの取り組みに期待が集まる。その一方で、世界の脱炭素化の流れに逆行するような動きもあり、多くの課題も見えてきている。
気候変動被害の顕在化
気候変動は、すでに世界及び日本において、気候災害という形で極めて甚大な人的被害をもたらしている。
例えば、各新聞報道などによると、2017年夏には、ヨーロッパで気温40度を超える地域が続出し、米国南西部では52.8度を記録した。また、世界各地で大規模な山火事が発生し、ポルトガルの山火事では61人が死亡、クロアチアの山火事では4,500 haが消失している。2017年8月に、カリブ海諸国や米国フロリダ州を襲ったハリケーン・ハーベイでは、少なくとも60人が死亡、3万2,000人が避難を強いられた。続くハリケーン・イルマは、カリブ海諸国で少なくとも40人が死亡したほか、米フロリダ州では洪水が相次ぎ、周辺の州も合わせておよそ730万戸が停電した。2017年12月には、米国カリフォルニア州で大規模な山火事が発生している。
日本でも、2017年7月に福岡県と大分県を中心として発生した集中豪雨では、両県を中心にした合計約51万7,900人に避難指示や避難勧告が出された。最終的な犠牲者は、福岡県で31人、大分県日田市で3人の計34人であった。また、一部損壊以上は計199棟、床上床下浸水は計464棟の住宅被害が発生した(消防庁発表2017年9月8日)。
パリ協定に逆行する日本の石炭火力発電
2015 年、気候変動枠組条約第21 回締約国会議(COP21)がフランスのパリにて開催され、パリ協定が採択された。パリ協定では、長期的目標として産業革命以降の気温上昇を2℃以下に抑制するという、いわゆる2℃目標が設定され、1.5℃以下に抑制するよう努力することにも言及された。
2℃目標などの達成のためには、石炭火力発電の利用を先進国では即時停止、途上国でも新設を禁止するレベルの対策が必要である。そのため、現在、多くの国が石炭火力発電所の建設禁止・抑制などの脱石炭火力政策を取りつつある。
しかし、日本は逆に石炭火力発電所を増やそうとしている。すなわち、日本では新設計画が2012年以降50件あり、4件がキャンセルされたものの、残りの46件が計画・建設・稼働中である。先進国の中でこのような石炭火力発電所建設計画があるのは日本のみであり、このままでは日本がパリ協定のもとでコミットしている温室効果ガス排出削減目標(2030年度に2013年度比で26%減)の達成が困難なものになる可能性がある。
COP23での国際交渉
2017年11月にドイツのボンにおいて気候変動枠組条約第23回締約国会議(COP23)が開催された。今回のCOPはフィジーとドイツが共同議長国をつとめており、気候変動の被害を受ける国々の意見が強く反映されることが期待された。会議の成果としては、①パリ協定実施ルールの交渉加速に合意、②各国の温室効果ガス排出削減目標の上積みを促す対話プロセス「促進的対話(タラノア対話)」を来年の1年間をかけて実施することで合意(「タラノア」は意思決定の透明性を意味するフィジー語)、などが挙げられる。
しかし、気候変動枠組条約が始まって以来の南北対立が解消されることはなく、逆に対立が強くなった感もあった。また、パリ協定の実施要項を具体的に決定するために膨大な作業は先送りされた。
多くのCOP23参加者が口にしたのは「今回のCOPでは非国家アクター(自治体、企業、市民団体など)の存在感が強かった」という感想である。具体的には、2050年までにエネルギーを100%自然エネルギーで供給すると宣言する自治体や企業のパフォーマンスがCOP23の交渉会議場外で目立っていた。
また、米国のように温暖化対策に否定的な国がある一方、英国、カナダ、フランスなどに米国とカナダの州政府などを加えた27の国と地方政府は、COPの場で石炭火力発電を廃止することを宣言し、石炭廃絶の実現のために企業などを加えた連合組織を発足させた。ゴア前米副大統領が名指しで日本、中国の海外石炭火力支援を非難したことも注目された。
気候変動訴訟
国連環境計画(UNEP)によると、現在、20カ国以上で約900件の気候変動関連の裁判が起きている。この中で最も有名かつ画期的なのは、オランダの市民団体であるUrgendaが「オランダ政府はより野心的な温室効果ガス排出削減数値目標を持つべき」と訴えた裁判であり、2015年6月にオランダ・ハーグの地方裁判所は市民団体の訴えを認める判決を下した(オランダ政府は控訴)。また、2017年11月には、ニュージーランドの地方裁判所が、ニュージーランド市民による前政権の温暖化政策不備に関する訴えを認めた。
このような気候変動裁判の動きは、COPでの「損害と被害」に関する交渉とも連動している。2015年のCOP21では、「損害と被害」で先進国と途上国が激しく対立し、最終的には、痛み分けと言いうる結果となった。今後は、気候変動枠組条約交渉の内外で、温暖化の被害者が加害者の法的責任を問う訴訟活動などを通して「損害と被害」、それに伴う「責任と賠償」の具体化や制度化の要求はより強まると予想される。
実は、日本でも気候変動関連の訴訟が起きている。具体的には、宮城県の仙台港に建設され10月1日に正式稼働した石炭発電による仙台パワーステーション(関西電力と伊藤忠系列会社の共同出資)に対して、筆者を含む地域住民124名が原告団を組織して操業差止めを求めている裁判がある(2017年9月27日に訴状提出)。同様に、2017年12月14日には、兵庫県の神戸でも市民団体が神戸製鋼と関西電力による石炭火力発電所建設に対して公害調停申請書を提出した。
非国家アクターの活動や司法に訴える活動が多くなることは、気候変動枠組条約下での政府による交渉が進展していないことの裏返しでもある。立法や行政に対する期待が難しい中、このような市民や企業からの異議申し立てが、温暖化対策や国際交渉の進展にどのような具体的影響を与えるのかは大いに注目される。
(東北大学 明日香壽川)